校長室より

1cmの主体性 「分からない」 と 「やってみよう」

3年数学授業のひとコマ。

数字と記号のまじった式が、生徒の字で黒板に書かれている。正解まで導き出されているようだ。ただ、教科担任はマルを打って終わろうとしない。「この式の説明がもっとほしい人?」と問いかける。すると一人の生徒が手を挙げる。教科担任は「あ、えらい!」と声を漏らす。《分からないことを分からないと言うのは主体性である。》じゃあ誰か説明してくれない、という声に数人が応え手を挙げる。一人が指名され、「でも、説明めちゃくちゃ下手ですよ」などと言いつつ前に出てくる。説明を始める。その説明を聞きながら、いや、全然下手じゃないし、と思う私。で、ふと思った、「下手だけどやってみよう」というのも主体性だよなと。「分からない」も「やってみよう」も、自分を伸ばすために欠かせないものだ。だから、「分からない」と「やってみよう」のある授業は素敵である。